東方浄土


 私が最初のフライロッドを買ったのは1974年のことだ。このころすでに、釣りを生涯の趣味にしようと決めていたのだから、私は相当にしつこい性格であるらしい。
 当時、雑誌や本などからいまの何倍もの情報収集をしていたが、実際のところ釣りに出かけるのは年に数回、それもほとんどが○○国際鱒釣り場だった。
 鱒釣りに関していえば、その三年前からすでにルアー釣りに凝っていた。実は、釣り雑誌に「貴族の釣り」と紹介されていたので、当初フライフィッシングのことは毛嫌いしていたのである。しかし一度目を覚ました好奇心は押さえ切れず、なけなしの小遣いで店頭に並びはじめた国産ロッドを買い、それに凧糸を通してキャスティング練習をはじめると、あとはまっしぐらだった。ちょうど私の背中を押すように、アメリカのフライフィッシングに関する情報が伝わるようになった。
 考えてみれば、私がルアー・フィッシングやフライ・フィッシングをするようになったのも、アメリカの影響が大きかったのだと思う。私にとってアメリカは、戦争をして負けた強い国であり、便利で快適な物があふれる豊かな先進国であり、人々が自由を謳歌する国、楽しい家庭ばかりの幸福の国であった。もちろん、そこには多分に幻想が混じっていたはずだ。すくなくとも、子供のころにテレビなどのメディアを通じて植えつけられ、コントロールされたアメリカという国のイメージは、私の中に憧れを増殖したことはまちがいない。誰もが、否応なくアメリカ・コンプレックスを持たされた時代を引きずっていた。釣りの楽しみの本質はさておき、すくなくとも見た目は、ルアーもフライもアメリカの釣りだったから、私にはカッコよく見えたのである。
 現在、通信手段の発達や各分野のグローバル化によって、アメリカという国の動静を伝える情報は飛躍的に増えた。CNNなどの情報が毎日流されるようになったのだから、アメリカという国の姿は、以前とはだいぶ変わって見えるようになった。
 私がはじめてフライロッドを買ったころは、太平洋を越えてくる情報はずっと少なかった印象がある。政治経済ならまだしも、文化やスポーツなどはずいぶんパイプが細かったはずだ。現地の事情に通じている人も少なかったにちがいないから、情報は断片的だったり、いまよりもずっと偏っていたかもしれない。しかし、その限られた情報がなおさらアメリカをカッコよく見せていたともいえる。情報はうまくコントロールされ、若者たちの物欲を刺激するためにも利用されていた。
 仏教もそうだし、キリスト教もそうだが、誕生の地ではすたれてしまうのに、そこから遠く離れた土地で興隆するという例がある。それは、起こったであろう血みどろの争いや薄汚い現実から遠ざかり、人々の心の中でだけ育まれ、純化されていく結果そうなるのだろうか。おそらくそこには、いい情報だけが伝えられて残り、悪い情報は伝えられずに消える、という作用が欠かせないし、それが重要な条件になっているのだろう。仏教が伝来した中国から見たガンダーラを西方浄土と呼ぶのなら、我がフライフィッシングの伝来の地アメリカや、さらにその向こうのヨーロッパは、私にとって、さしずめ東方浄土とでも呼べるようなものだった。

 フライフィッシングとはどんなものなのか、ろくに見当もつかないころから、私はそれがワクワクするような、熱中できるスポーツであるに違いないという確信を持っていた。実際に竿を振って釣りをすれば、共鳴する部分があるかどうかなんて誰にでもすぐにわかることなのだろう。
 しかし、フライフィッシングとはなんぞやという禅問答的な全体像の把握からはじまって、細部の、こういう時にはどう対処するのかといった技術的な疑問まで、はっきりと答えられる人は私の周囲にはいなかった。1970年代前半に、フライフィッシングというものを正確に把握していた人は、この国に何人いたのだろう。
 気がつけば、フライフィッシングは静かなブームになっていた。それは、にわかマニアが急増したということでもある。よく分かっていない人が釣りをして、それを見ていたよく分かっていない人が、これまたよく分かっていない人に伝えたりする。だから、しばしば真偽を疑うような情報が流れてきたりするのだが、自分にもそれを自信を持って判断することなどできない。悪いことに、そんなの絶対ウソに決まっているというような情報が真実だったりした。練習すれば誰でも体得できる技術が、人の口を経ていくうちに神業で釣ったというような話に変質していたりした。どこでどうやって釣れたといった情報があっても、その情報の本質を読み解くことができなかった。結果として、ほとんどの情報には振り回されるだけだった。けれどもいま振り返ると、そんなカオス状態にあったころが、一番ワクワクしながら釣っていたような気がする。カオスの迷える一群を導いてくれそうな唯一の光は、東方浄土からさしていた。
 アメリカからすこしずつ伝わってくる釣り方や釣り場事情に関する情報は、推理小説を読み進むような楽しさを与えてくれた。手がかりを拾ったり、アリバイを崩したり、すこしずつ真相に近づく喜びを感じたり、これはこういうことだったのかと感心したりした。
 混乱期というとイメージは暗いのかもしれないが、そんなことはない。ある社会の黎明期だとか、成熟した社会が崩れてリセットされるとき、新たな秩序が構築されるまでには、その社会が熱を帯びることは史実からもうかがえる。それまでの硬直した序列が崩れるのだから、特に下っ端がワクワクしないはずはない。いっちょやってやろうという気になる。貧乏くじもたくさん転がっているはずだが、その中に紛れ込んでいる大当たりをつかめるかもしれない。こんなときには、とんだ食わせ者やハッタリ野郎が現れたりするものだが、こういう輩を観察しているのもまた底抜けに楽しいものだ。あのころ、フライフィッシングのことはなんにもわかっちゃいなかったけれど、心には夢がいっぱいあった。
 やがて、フライフィッシングの情報といっしょに自然回帰思想が伝えられると、それがアメリカの「一部の」人たちの考えであるにもかかわらず、私は、フライフィッシングをするアメリカ人はみな、自然保護主義者に違いないと信じるようになった。
 自然回帰思想と結びついたフライフィッシングは、私がこれまでの人生で出会った中で一番カッコイイものだった。私はそこに、既製のルールに縛られない、自由で開放的な空気を見出した。都会育ちの人間が感じてきた現代社会への疑問に答えを出して、未来への希望を与えてくれた。自然回帰という甘いスポンジケーキの土台の上に、なにより熱中できてワクワクさせてくれるフライフィッシングというトッピングが山盛りになっているようなものだった。そこに文明の軌道修正を感じ取った。人々が自然や環境の重要さを再認識することで、みんなが幸せになれる未来が見えるような気がした。
 いまよりもずっと純粋だった私は、フレームザックにパックロッドをくくりつけて山の裾野の森に分け入るとき、心の底から喜びに満たされた。フライフィッシングをすること、キャンプをすることが、未来の幸福に結びついていると信じられたからだ。自然に触れて、自然をよりよく理解し、その重要さを伝導し、その重要さを知る者同士が連帯すれば、きっと希望に満ちた未来が来ると信じていたからだ。
 学校の教室でだったかテレビでだったかは忘れたが、ある先生が、奈良時代に伝来したばかりの仏教も、きらきらと輝くようにカッコよかったはずだと説明していた。その話を聞いたときは、古臭い寺や線香の匂いばかりを思い浮かべて、それがどういうことなのかさっぱりイメージできなかった。しかし、かつて東方浄土を夢見ていたことがあるいまなら、それがどういうことかを想像することができる。奈良時代に仏教に出会った人も、そこにそれまでになかった新しい希望や安らぎを見出したのではないか。
 かつてピンと来なかった言葉にもうひとつ、人間には宗教が必要だ、というのがある。なぜどこかの○○教の××宗派に属さなければならないのか? そのころは、視野が狭かったというほかない。この場合の「宗教」という言葉には、生きていくための土台になるような、もっと広くて大きな意味が込められていると認識を改めるようになった。
 人生を潤いあるものにするためには、なにか「生きがい」となるものが欠かせない。いくつかの生きがいを持ち、そのバランスを取りながら自分のペースを保って時を過ごせるようになるには、人生経験も必要だし、生活環境にも左右されるはずだ。ところが、往々にしてこの生きがいというやつには熱が入りやすい。人によっては情熱もプライドも生活も、すべてそこに注ぎ込んでしまうことがある。しまいには本末転倒して、生きがいのために人生がある、というような状態になってしまう人もいる。
 フライフィッシングだけしか生きがいのなかった私は、まさにそういう状態になった。例えば、新興宗教に入れ揚げて周りが見えなくなり、自分の世界に閉じこもってしまうような人は、誰の周囲にも一人や二人はいると思う。排他的だったり、教団内での地位獲得競争には熱心だったり、教義だけはやけに熱く語ったりする、そういう人をフライフィッシングの世界にもよく見かけるが、私もそれと同じだったのだ。
 ようやく自分の居場所を見つけ、自分を認めてくれる仲間を見つけることができた本人は、気が大きくなってまっしぐらになる。それは、なにも見つけられないで生きていくよりはましなことなのかもしれない。しかし、うがった見方をすれば、それはたったひとつの生きがいしか見つけられず、それにしがみついている薄っぺらな人格を表現しているといえなくもない。たったひとつの生きがいにすがりつき、先鋭化させるとなると、そこにはカルトに近づいていくという方向しか見出せない。まさに○○教の××宗派レベルの、非常に狭い「宗教」である。
 一方で、出会った生きがいをしっかりと受け止め、長い時間をかけて消化しながら、生涯の心の糧としていくこともできるのではないだろうか。生きがいから得たものを、穏やかな、人生の指針となるような大きな「宗教」にすることも、きっとできるのではないか。たったひとつの生きがいに偏らず、いくつもの生きがいを人生の肥やしにしている人の幹の方がより太く、荒れ狂う風雨にも耐えられるのではないか。いつしか、そう考えるようになった。
 かつて自然回帰思想にかぶれ、フライフィッシングにのめり込んだことが、私の世界観や死生観に少なからぬ影響を与えたことは否定のしようもない。「自然と共生していかなければ、人類に未来はない」という思いは変わらないが、ただお題目を唱えていてもしかたがない。四半世紀の時間を経て、現実になにかを動かすことの困難さを知ったことで、私は変質したともいえるだろう。しかし、当のアメリカという国のイメージは、私以上に変質してしまった。先般の地球温暖化会議京都議定書不参加を表明するにいたって、私にとってのアメリカのイメージは、ついにエゴイストの悪役に転じた。
 憤りを覚えながら、とうとう東方浄土の幻想は崩れ去ったのだなと思った。しかし、川辺に立って森の匂いのする空気を吸いながら、私の内面と向き合うときに、まだ東方浄土がそこから完全に消去されていないと感じることがある。いまやアメリカもヨーロッパも、東洋も西洋も関係なく、ましてや人種など、いや人間の存在さえ突出することもなくなって、私の心の中に生きている。希望の残照がまだかすかに、ほのかな光を放っている。

 

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フライフィッシング中毒
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最終更新日 : 2003/05/28 .