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メイキング・オブ「忍野ノート・ビデオ版」 その3 ライズを撮る楽しみ(ヒゲナガの撮影1)
かつては、忍野といえばイブニングライズ時のヒゲナガの釣りをすぐに連想した。ヒゲナガがハッチしてから水面を歩くところや、それにマスが食いつくところなどは、なんとしても撮っておかねばならない。そうでなければ、誰よりもまず自分が「忍野のビデオ」として納得がいかないにちがいなかった。 夕方のヒゲナガの釣りは、このスプリング・クリークをはじめて釣った1980年からさんざんやってきた。慣れとは恐ろしいもので、ヒゲナガに関してだけは、解禁から2、3回このハッチを釣っておけばかなり満たされた。だから4月後半にハッチがピークを迎えるころには、それほど心を乱すこともなく、撮影に専念することができた。 ヒゲナガの撮影時には、なによりも光量不足という問題が予想された。幸い、ビデオカメラというのは、どうもスチルカメラよりは薄暗さに強いらしい。しかしあくまで「薄暗さ」である。完全に夜になってしまってからではダメだろう。 ヒゲナガには稀に、まだ十分に明るい時間にハッチするヤツがいる。しかしその数はあまりに少ない。とても待ち構えていて撮れるものではない。何か別の対象を撮影しようとしていて、そこにたまたまハッチして水面を歩き始めたアダルトを見つける、というような状況でもなければ無理である。それは偶然を待つことだから、期待はしても、あてにすることはやめた。 どう考えても、確実な線は、ハッチのはじまりを狙うことだった。それも夜になる前、できるだけ早い時間、きょうはたまたま「薄暗い」うちからはじまっちゃってラッキーだった、と喜べるようなヒゲナガの気まぐれに期待して待つことにした。 いま振り返ると、初っ端がそうだった。場所は忍野温泉裏。友人にモデルを頼み、ぼくは対岸の崖の上に三脚を立て、陣取っていた。ちょうど構えたカメラの向こうに日が沈んだせいで、明るい夕空を反射して水面が鈍く輝いていた。まだまだイケル、と考えていたそのとき、ヒゲナガが水面を歩くときに作る引き波が川の中央にできた。しめた! 友人に釣りをはじめるように指示し、カメラを回す。テープの残量、バッテリーの残量ともに万全だ。しかし、ヒゲナガのハッチを1匹見たからといって、すぐにマスのライズがはじまるはずもない。根気よくファインダーを覗いていると、時折単発ライズが起こるようになり、さらに待つうちに、水面を歩くアダルトを2匹追いかけ、なんとかフレームに収めることができた。自分には、肝心なものを撮影しようとするときに息を止める癖があることに、そのとき気がついた。大きく息を吸いながら、思わずガッツポーズを決めていた。 ところがそのあとすぐに、オートフォーカス機能がおかしくなりだした。はじめはカメラワークについてこれなくなり、そのうち固定しているのに何度もボケたりピントが合ったりした。光量不足で、正しい焦点を探せなくなっているのは明らかだった。「この薄暗さでダメだとすると、この先もかなり厳しいな」とそのときは思った。そのまま強行してみたが、すぐに小さなファインダーを通しても画像が荒れているのがわかるようになり、撮影をあきらめた。 クルマまで戻ってから、昼間使った偏光フィルターをつけたまま撮影していたことに気がついた。しかしあとの祭りである。偏光フィルターがなければ、少なくともあと10分は撮影を続けられたにちがいない。そうすれば、友人がいいカタのニジマスを釣り上げるシーンも撮れたはずだった。なにしろ夕暮れの撮影がはじめてだったので、この程度での暗さで撮れなくなるのはおかしいという判断基準を持ち得なかったのだ。まさしく「その1 まずは機材に慣れること」に上げた習熟不足を露呈してしまったのだった。しかしこのときはもう何度か失敗を積み重ねていたので、自分で自分を温かく見守ってやろうというあきらめにも似た気持ちを持っていた。したがって帰路に、クルマを運転しながら頭をかきむしるようなことはなかった。
本格的に撮影をはじめて1年目の、ヒゲナガやコカゲロウの撮影でひとつ気がついたこと。それは、いい映像を撮ることができたときの満足と、いい魚を釣り上げたときの満足は、自分にとっては質・量ともにまったく同等だということだった。撮影しているそのライズを釣りたい、という執着心との葛藤はすぐに消えなかったが、うまく撮影できたときの喜びがわかってくるにしたがって、「釣りモード」と「撮影モード」の切り替えがうまくできるようになっていった。 |
フライフィッシング中毒
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最終更新日 : 2001/02/18
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