|
メイキング・オブ「忍野ノート・ビデオ版」 その5 妨害車現る
あれは忘れもしない7月のはじめ。1998年のことだ。ぼくは黄色い光線を投げてくるようになった太陽を気にしながら、忍野の川辺をうろうろしていた。このころの夕暮れ時には、二種類の水生昆虫の特徴ある流下とそれに伴うライズによく出会う。ケニスの流下を狙いにいくべきか、それともミドリカワゲラモドキか…。そのときすでにはじまっていたアカマダラ・ハッチと、クロマダラ・スピナーの流下を気にしながらも、ぼくはイブニング・ライズをどこで待つかを決めかねていた。 上流へ行くべきか、下流へ行くべきか。迷いながらS字のあたりをうろうろしていたとき、 なんとも釣り心をそそるライズの音を聞いた。ライズの音は大きければいいというわけでもない。小学生クラスがはしゃいだようなバシャンという音もよく耳に届くが、慣れれば聞き分けられる。やはり、ゴボッと押してくるような低音でなくちゃいけない。大きな口が水面を抑えこんだときの音は響きがちがう。 音のした方向を偏光グラスを通して探っていると、またライズ。今度はしっかり位置を確認した。45センチくらいのきれいなブラウンが、藻のカタマリの上の上流側の端、ヤル気があるサカナが好んで付きたがる場所に定位している。わずかな時間観察しただけなのに、三度ライズした。かなり水面を意識している様子だ。どうしてこれだけの場面に、誰も釣り竿を持って向き合っていなかったのか? 週末で、決して空いているとはいえない状況なのに、不思議だった。ひょっとすると、ちょうど頻繁にライズをはじめたところへ差しかかったのかもしれない。 うまい具合に、光線の関係か、定位しているところからライズの瞬間まで、姿が丸見えである。しかも大きめのスピナーが流下していて、よくよく見てみると、小さい方のクロマダラ・スピナーではなく、それを捕食していた。オオフタオカゲロウのスピナーだった。オオフタオのスピナーが偏食されるのを見るのは、あとにも先にもこのときだけだった。 これはいいぞ、と思った。なによりサカナが大きくてきれいだから、うまく撮れれば、迫力のある映像になるだろう。ときに暗くなってから大量に流下することがある、フタスジモンカゲロウのスピナーの解説にも転用できるにちがいない。フタスジとオオフタオはどちらも大型種で、大きさも近い。しかしフタスジ・スピナーの流下する時間はふつうかなり暗くなってからで、ヒゲナガ同様に撮影困難が予想された。そのとき目の前で起こっていた事象は、その暗がりのライズを明るい時間に再現したといえるものだった。 三脚のセッティングをしながらも、目は釘付けになってしまう。このころには、もう「撮影モード」と「釣りモード」の切り替えに多少の自信を持っていたのだが、このときはさすがにそそられた。一刻も早くティペットの先のフライをスピナーに結び替えて、あのブラウンめがけて送り込みたい。いても立ってもいられないが、釣ってしまったらそれで終わり。「釣る前に撮れ」でなければ、いつまでたってもビデオ制作なんてできやしない。 ファインダーを覗き、レンズを通してライズを見ると、多少は気持ちが落ち着いてきた。ブラウンがいい角度で、流れてくるスピナーめがけて浮上してくる。ガバッといって反転する。本当にいい音を立てる。ビデオは音も大切な要素なんだと再認識させられる場面だ。ライズシーンは撮れた。あとは上空に飛んでいるスピナーの様子も撮って、そこからカメラを振って、連続した映像の中にライズシーンも収めよう。もうひとつ、流下してくるスピナーを寄り気味に追って、それが捕食されるシーンもほしい。ひとまず、それでいいだろう。あとは、いよいよ釣りだ。 そこへ、遠くからちょっと妙な音が近づいてきた。なにやら拡声器でがなりたててるような、あっ…。○○党! ○○党の××をどうぞよろしくおねがいいたします!! 比例区には○○党を、選挙区候補者名には××とお書きください! 1998年の7月には参議院選挙があった。まさにここぞという場面を撮影しているところへ、○○党(クソ〜! 名前を出してやりたいくらいだ!)の街宣車がやって来てしまったのである。こちらの頭の中は完全に沸騰していた。そのせいか、カメラを回し続けてしまった。もちろん映像は使えても音は使えない。ゆえに、後々の編集でちょっとだけ苦労した。街宣車が通り過ぎて、音が聞こえなくなるまでの5分程度の時間を、どれだけ長く感じたことか。
そのブラウンは、その後無事に投じることができたスピナーに意外とあっさり食いついた。しかしその後、口に掛かったフライを底に擦りつけながら上流へ向かうという、いままでに見たことがないファイトをしたせいで、水底の岩の切れ目か何かにノッテッド・リーダーが引っかかってはずれなくなるという経験を、これも初めてした。いくら竿をあおっても頑として動かないのに、その向こうではまだ口からフライを外せないブラウンがもがき暴れている、という妙な光景だった。その後どうなったかは、推して知るべし。 |
フライフィッシング中毒
Copyright © 2001 Kuroishi Masahiro[黒石真宏]. All rights reserved.
最終更新日 : 2001/02/24
.