Thinking 4
『出会いと忘れていたもの』


 僕は音楽の知識はゼロ。もちろん楽譜なんてチンプンカンプンです。でも耳は聞こえるので、リズムに心を奪われる毎日。ジャンルも問わず、楽器も問わず、流行も問わず、いいメロディーはいいのです。理屈抜きにいいのです。道すがら、渋谷の路上バンドのカッコイイメロディーに立ち止って聞き入ってしまう。実際に演奏している人達を見ては、音楽はいいよなあ、自分もなんでもいいから演奏できたらなあ、と思うのである。
 そんな僕が最近、友人の大田と新宿の美術館に『出会い』という展覧会を見にいきました。“出会い”というタイトルだけで二人とも全くの先入観もなくその会場につきました。雰囲気は現代美術という感じで、作品の数々をごく普通に鑑賞していました。写真、文章、インスタレーション、映像、絵画、イラスト、そして楽譜と演奏風景のビデオが上映されていました。そこで、有難いことに作曲者の野村誠氏に声をかけてもらいました。
 2時間ばかり軽い話をしていたのですが、野村氏が発見した?楽器、雨垂れのパイプ(屋根伝いに流れてきた雨を下水管に誘導するプラスチックでできたパイプ)で即興の演奏が突然始った。パイプで地べたを叩いたり、木琴のように棒でパイプを叩いたりして音を出しはじめました。ポンポンポン…。無意味のような音が不思議と心地よくなり、魅力的になり、短い時間でしたが、聞き入ってしまいました。しばらくしてその楽器を渡されました。大田は何気なく、そして躊躇なく演奏できていましたが、僕はできませんでした。音楽。音を楽しむことが僕はできなくなっていたのです。そう感じたのです。
野村氏の演奏中、学校の帰り道で意味もなく傘をズルズル引きずったり、他所の家の柵をカンカンカンとたたきまわったりした幼少の頃を思い出しました。あの頃は本当に楽しい日々をおくっていた。意味のないこと、意味のない音、そんなものに夢中になれた日々でした。

 野村氏と別れてその日聞いた音楽から自分が忘れていた素晴らしいもの、それを僕の描いている絵にも表現していきたい、もっと素直に、もっと楽しく、そしてそこに今、自分が考えていることを激しく表現していきたいと考えたのです。

 H.13.3.18
Copyright 2009 Taro Tomori